在外やぶにらみ 第10回 <自分で考える>とは時にはルールを破ること?
2008年8月14日 渡邉 正樹 (Masaki Watanabe)
当コラム<在外やぶにらみ>が、月刊パルティさんのご厚意でシンガポール内外の皆さんの目に触れようになって10年にもなるか。97年に住まいを<星州>からバンクーバーに移した訳だが、その理由を当時友人知人にこう説明したものだ。我が子たちに<自分で考える>能力を育む欧米圏カナダの教育を受けさせたいから。
それは60サムシングになった身で長い<在外>生活を続け<やぶにらみ>等の雑文を書き続ける動機にもかかわる事だ。大雑把に言えば<儒教主義的なトップダウン式教育と合理主義的な個性尊重型教育との価値観の違い>にこだわり、後者の方を選んだのだ。常にその違いを念頭に暮らしている訳でもないが、時おり些細な事に具体例を発見してハッとしたりする。
たまたまニュース記事の和訳チェックと添削を定期的に手がけているのだが、最近訳者の一人から人名表記に関する質問があった。訳すのはカナダに英語を学びに来ている方々、女性が多いのだが、皆さん英文解読力の向上などを目指してがんばっている。
英文の人名を和訳する場合、ファーストネームは頭文字のみ、苗字はカタカナ表記と一応決めてあった。ところがある日次ぎのようなニュースが。夏季学習コースを受けにバンクーバーを訪れた中国人高校生が到着後間もなく行方不明になった。問題はその姓名の表記だった。英文中の中国名は苗字と名前がはっきりしなかったりしてちょっと厄介だ。
質問は<G・ウェン君>で良いか、だったのだが、添削していて躊躇わず<ウェン・グオウェン君>と直した。いわばルールを破ったのだが、何故か。早く見つかってほしいから、に尽きる。G・ウェンだったら呼びかけ難いが、ウェン・グオウェンだったら呼びかけられる。
訳者はルール通りに表記したのだから間違った訳ではない。シンガポールや日本の職場だったらルールの枠内で判断するのが賢いやり方だろう。合理主義、個人主義の欧米だって常識的にはルールに従うに越した事はない。だが「ルールは破るためにある」という発想もある。だが前提として、正しいと確信する理由がなければならない。この場合「見つかってほしい」と心配しているだろう親御さん等の心情を推し量って、ルールの枠をあえて破ってしまった。
「赤信号、みんなで渡ればこわくない」が日本人なら、「赤信号、人助けなら渡っても」がカナダ人かもしれない。でも折角<自分で考える>発想を身につけても、日本に帰ったら中々活かせないことだろう。何しろ郵便配達が口髭を生やしていてもイケナイお国柄だ。
(以下次号)
(月刊パルティ・メープルタウン併催8月向け)
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記事提供者
| 名前 | 渡邉 正樹 (Masaki Watanabe) |
|---|---|
| 連絡先 | 604-221-7393 |
| プロフィール | 東京生まれ。 特派員の父と共に一家で英国、イタリア生活を経験、東京に戻り大卒後、ロンドンでロイター通信に就職。ローマ、ワシントン、パリ各支局勤務を経て、フリーランサーに転向。 サンフランシスコと東京で70年代を過ごした後、シンガポールに移住、英字紙、シンガポール経済開発庁広報部、シンガポール航空機内誌編集を歴任。97年シンガポール人の妻、2児と共にカナダ・バンクーバーに移住。 現在は翻訳と雑文書きの傍らジャズ・ギターで仲間と<ギグ>することも。 |
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